
2004年1月 余りの寒さに時々暖機運転するだけですが、バイク雑誌は熟読する時間が増えました。最近の大型レプリカに何故興味が沸かないか考えてみると「クラフトマンシップ」の有無なのかな?と思います。80年代の各社のレプリカ特に250ccに関しては独特の美学が感じられました。今の「どれも同じ格好」「同じエンジン型式」ではなく作り手が「これが最高」と信じ作り上げた独特の癖の様なものを感じます。車と違ってエンジンが剥き出しのバイクは造形美に於けるエンジンの見てくれが大きな因子になります。どいつもこいつも同じというのは 結局どれを買っても同じ、という事になります。今でもW1やカタナやCBXを見たら欲しくなりますよね。車だってGTR(ハコスカもケンメリも)なんか高々140馬力しか無いモデルでパワステも無い ラジオも無い シートは倒れない、でも今でも素敵な輝きを感じます。フェアレディ(432もZGも)も そうです。今の日産のスカイラインやフェアレディを30年後に素敵だと思ってくれるユーザーは居るでしょうか?多分廃車置き場で積み重なってるだけじゃないかな、と。だって何も「作り手の心意気」が感じられないから。
2003年12月20日幾らやっても止らなかったガソリンコック周辺の ごく微かなガソリンの滲み。実はコック内部のパッキングのヘタリだったのだが オークションで何と「新品」のフュエルコックを入手する事が出来た。早速取付けたいところだが生憎満タンにしたばかり。少し中身を減らしてから 年期物の車体にとっては必需品の「シリコンパテ」を使いながら取り付ける事にする。ちなみにガソリンフィルターも「必需品」である。フュエルコックの上部にフィルタが有るから大丈夫、と考えるのは重大な間違いで そのフィルタが目詰まりし フィルタ上部のあたりから漏れ出して来る。ヒマが有ったらガソリンを抜いてタンク内の状態を確認した方が良い。最近「Old-timmer」という自動車の「サビ落とし趣味」の雑誌で見つけた「花咲かGタンク・クリーナー」が洗浄には便利。(ファクトリーミルウォーキー/03-3908-0708全国通販有り)とにかく一発で赤錆だらけのタンクが奇麗になる。八重洲出版から出ている このOld-timmerという雑誌だが古いバイクにも使える便利用品が毎月詳細な解説付きで掲載されている。900円の雑誌だが読む価値が非常に大きい。御奨めである(私は定期購読している ははは)くろがね号なんて特集も有った。
2003年12月5日(金)待望のKR250初期型(KR250-A1)が我がプレハブ車庫の住人となった。このプレハブ車庫は本来は事務所等で使う物だそうで色々組み合わせられるとやら。内部写真は乞う次期公開。
極初期の緑白は一番人気である。リアのビリオンステップが無いのは前オーナーが恐らくマックレーンのバックステップを付けて居たと考えられます あれビリオンを前に移植するもんでビリオンステップが無くなっちゃう。2スト・レプリカそれも1980年代の各社 思い思いのデザインと主義主張の有った時代のバイク達を 当時のままではなく「当時 いじってた様に」保存し かつ「通勤やツーリングに乗り回す」私の夢の第三弾であります。
まるで世界征服でもしそうな書き出しだが 現在2ストで250cc以上の新車は入手不可能であるからして これらのレプリカ達は整備保存する意義が多いに有る。アプリリアにさえプレミアが付く時代だ。1990年代に入ると「レプリカ」車は各社が持っていた独特の雰囲気もエンジン型式さえも大事な個性が消えていってしまった。簡単に言えばNSR250が売れたあたりから 各社同じ仕掛けを別な名前で使い回しするようになってしまった。バイクなんぞ雨が振りゃ濡れる、バックも出来ない 一人で立ってられない、という趣味の乗り物である。個性位残しておけって言っても既に20年以上前に終わったので無駄。なら自分で何とかしよう。
だいたい空冷が水冷になったとかいう程度なら進化ってことで理解出来ない事もないが、パラレル・ツインが世界GPで優勝すれば全社パラレルツインになりV4が優勝すれば全社V4になり、ライトまで全メーカー四角くなったりメーカーで独自性を保ったのは精々ヤマハのTZR250のみが使った後方排気位なものになっていった。私が乗りたいのは例え失敗作だろうが売れなかろうが「メーカーの強烈な個性」を感じられる車種なんです。(MVXは要らないけどNSRは欲しい........RZ250は別格かな?あれ買うならRG250EかRD400を買う)
カワサキの このKR250も御多分に漏れず没個性化の波に飲まれ、最終的にはパラレル・ツインになり名前もKR-1となった。意地でもタンデム・ツインで踏ん張るか 前後同時爆発にしてレーサー並にピーキーで振動の凄まじいマシンにしたって良かったのである。どうせ あの音(レーシングチャンバーのガンマ400よりうるさい)だし、カウルもレーサーのまんまで売っちゃえば良かったのです。レプリカに乗りたいライダーは気難しくメカニカルな物「オタク」か「レーサー志望の若者」なのだから。そいつを乗りこなせる数少ないライダーの都市伝説を産み出した筈だったろう.............なんせカワサキなんだし。
閑話休題 まず「カワサキKR250」というマシンについてであるが 既にオーナーズクラブが有り マニアックなHPも数多く有る。しかも それらは驚くほど充実している。勝手にリンクすると失礼なのでYahooやGooに任せるが それはそれは為になるサイトが目白押しである。
そんなところで私が同じ事を書いても仕方が無いが一応それなりの概略だけは必要であろう。

まず このKR250は1985年の製品である。歴史の勉強をすると
1983年カワサキは世界GPをスクエア4のKR500で闘っていたが全然勝てず1983年でGPから撤退していた。(KR250レーサーは強かった。これは他HPに詳しい)ところが その
1983年に名車「RGガンマ250」が46万円で発売され大ブレイク。 一種社会現象のような破竹の勢いで快進撃を「公道で」やってしまったのである。
当時のカワサキは名車「マッハ」以降 4スト優勢(73年にZ2が発売)で2ストは細々と「昔の名前で出ています」みたいな三気筒のKHシリーズ(SSシリーズとは明らかに別と当時は思ってた)を作っているだけであった。カワサキは4ストメーカーでは?と思っている方も多いし4ストに名車が多い会社である。しかし過去 マッハシリーズ(SSシリーズ)以前に幾つもの2ストの名車を生み出している。
1966年には250A1=この40年近く前のロータリーディスクバルブのパラレルツインのマシンは31馬力を8千回転で出していたのだ。同じ年に名車W1=650ccが生まれている。A1のライバル車は御存知ホンダCB72で、こっちは24馬力/9千回転と2スト勢と比べると淋しい物であった。個人的にはCB72のコンクール・コンディション車が現在オークションなどで100万もするのは異常だと思う、当時はCB72とA1では勝負にもならなかった。白煙と燃え残ったオイルを浴びせて置き去りにしてた。よく回転数を引き合いに出して高回転が「偉い」みたいにプロの評論家が書いているがアホである。高回転が偉いんならマブチモーターでも神棚に飾っておけばよろしい。オートバイは趣味の乗り物である。一人では立っておられずバックさえ出来ない。(まだ言ってる)斯様な趣味性の高い物には評価のポイントは数限りなく存在する。馬力であれ回転数であれ その一助に過ぎない。トータルで各々個人の心の琴線に触れたバイクを「名車」と呼び 他人が評価した物を見て値段を釣り上げたり(一時のFX400やヨンフォア=CB400 Z2やSS/KH/GT380)等した物を買い 偉そうに飾ってるのは笑止千万。私は好きなバイクをずっと乗り続けている人を尊敬する。
1967年になりスズキがT250というピストンバルブのパラツインを出したが こっちは6段ミッションで30.5馬力だった。カワサキA1は67年にA1-Rレーサーとしてデビューし40馬力/9500回転というスペック(更にデイトナマシンはハイチューンされ50馬力/1万回転)だった。ホンダは250じゃ勝てなかったのか当時300ccという変な排気量マシンを作っている。(ドリームCL300)しかも305ccと 反則っぽい。
その1967年が或る意味レプリカブームの前触れの様な年で、オールド・カワサキファンなら御存知 カワサキ350A7が出た年でもある。ロータリーディスクバルブ パラツインで40.5馬力を7500回転で叩きだしていた。ライバルと言えるかどうか判らない=殆ど出回らなかったブリジストン350GTR(輸出用)も1967年の作で40馬力/7500回転ロータリーバルブ6段ミッション、最高速度はA7より5キロ早い180Kmを自称していた。もし見かけたら借金してでも買ってレストアすべき車種である。ホンダはドリームCB250が当時4スト2気筒(OHC)圧縮比9.5で30馬力/10500回転(すごーーーく遅く感じた)CB350でさえ36馬力/10500回転だったのだ。
1968年には他にも2スト史上 絶対に残る名車「ヤマハトレール250DT1」が出ている。こちらはピストンバルブ単気筒というオーソドックスなエンジンで19馬力/6千回転であった。こいつはとにかく大爆発ヒットした。どこでも あの独特の音とマフラーで火傷しないように付けられたガードを目にした。
同年になり2スト ビッグツインをスズキが満を持して発売した。迷車T500である。ピストンバルブのパラツインで6.6という「農発並」の圧縮比から47馬力...........当時既にバイク小僧だった私は「牛」か「トド」に見えた。横から見ると ドテーっとした重たそうなラインと寝惚けた様な塗り分け。250A1で2ストは「早い」と信じてたもので 二倍の排気量なら二倍怖い筈!と思って恐る恐るアクセルを捻ったら トコトコ動き出し拍子抜けしたのを覚えている。この時期から名車ハスラー250が出るまで私はスズキ車に乗らなかった。
1969年には50ccだが「ヤマハスポーツFS-1」が出た。ロータリーディスクバルブ シングルで6馬力/6千回転。こいつは高校生の愛車として有名なマシンである。勿論ライバルはホンダのCB50かSS50だった。そういえば ホンダは「ダックスホンダST50」が発売されている。 「T500」はオオボケだったが同じ年にスズキは これまた記憶に残る名車「ウルフ90」を発売、ピストンバルブ パラツインで10.5馬力を9千回転で出していた。当時を覚えている方々なら あの独特の「カキーン」という音と取り外し可能なサイレンサーを懐かしく思い出されるのでは?125ccのウルフは15馬力/8500回転で130Kmまで出たそうな。友人のウルフでサイレンサーを付けたり外したり(説明書に 外せるぞ、と書いてある良い時代)して実験したが 外した方が遅くてウルサかったのだが。
1969年になり俗称「エグレタンク」(エグリタンクと言う説も有るが、スイス人の名チューナーのフリッツ フォン エグリと間違うので)のマッハ3が登場した。ピストンバルブの白煙と60馬力/7500回転 200Km以上と言われた速度と妙に細く前に延びたフロントフォーク........大好きでした。あの白煙!!落ちるサイドカバー!勿論ライバルのCB750-Fourも1969年に出たわけで こっちは67馬力/8000回転で やっぱ化け物染みて見えました。
何で時代話になったんだろうか?筆が いやキーボードが滑った。とにかくRZ以前の250ccっていうのは「御荷物」だったのである。当時250/350/450ccという区分から免許制度が変わり250/350/400ccという排気量で本来は350ccの物の廉価版が250、高級版が400cc、全部共通部品で売れるのは350か400で250は高校生の通学用だった。唯一新車で早かったのがRG250E(スズキ)とRD250(ヤマハ)だったと思う。
話しを無理矢理
1980年に戻してしまう。2スト250に関してはRZ250が出たのが1980年である。レプリカという存在を社会現象化した1983年のガンマに対しホンダは これまた名車であろうVT250が4ストで売れていたが これはレプリカとは無縁の普通のバイク.............片岡オンナに人気が有ったバイクである。天下のホンダとしては 焦ったんだか どうしたもんだかMVX250という妙ちきりんな代物を1983年に出して「しまった」。一応V型3気筒であるが前が水平2気筒後ろが垂直に1気筒という まあGPマシンと同じと強弁してたけど 知りあいで購入した奴は皆無だった。だって性能もスタイルもカラーリング(タンクが赤白でシートが安っぽい如何にもビニールという青)も「どうしちゃったの?」という感じだった。変なバイク好きの私でも こいつだけは御免被る。
そのオリジナルGPマシンがNS500という有名なものである。(楕円ピストンはNRだよ)完走さえ出来ないNR(なんせ楕円ピストンV型4気筒で8バルブ.........そりゃ斬新かも知れないけど熱膨張一つ考えたってピストンが丸いには理由が有る)に対しスペンサーと片山敬済だけじゃ不満でも有ったのか、1981年度(つまり前年度)のGPチャンプ、マルコ・ルッキネリをライバルのスズキから引っこ抜いてきた。そこまでやりゃー勝つだろうけど巨人の選手補強古くは江川、桑田とか)見たようで何か凄く嫌な感じだった、札束で顔面強打でもしたんだろ?と友人と飲みながら話してたっけ。 けっこう1983年のケニー・ロバーツ(親父の方ですよ)との名勝負の時はヤマハファンが多かった様な気がする。
閑話休題:でMVX250だが これは公称40馬力/9千回転/最大トルク3.2Kg/8500rpm。フレディ・スペンサーがCM写真を飾っていたが とにかく走ってるのを見た事が無い位に売れなかった。現在所有してる方は油浸けにしておいて手放さなければ「何でも鑑定団」に「出る」だけなら出来ると思う。
余りの惨敗にMVX400というプロジェクトを無かった事にした、と雑誌に書いてあった。何かの呪いかどうか続いてNS250Rというマシン(知ってる?)がライバルのTZRより10馬力も大きいって謳い文句で激遅............結局NSRが1986年に出るまでホンダの「2スト冬の時代」が続くのである。「ロスマンズやトリコロール・カラーのNS400R」が イマイチ購買意欲が起きないのは 当時を知ってるライダーならば 何となく判ってくれると思う。
あれれ ここはKR250の話だった筈なのに、と ここまでは前振りなのであった。

KR250が1985年のもの、と書いたのは上記のような時代背景を頭に入れておいて欲しかったせいである。つまりガンマより後というハンデがあるうえに「オリジナリティの塊」のMVX250の後から発売され、あのNSR250の一年「だけ前」に発売された「カワサキオリジナリティの塊」だったことである。しかも二年前に出た時ののガンマが46万円でKRは49万8千円だったのである。
ここまで書けば「そりゃあ厳しい」と判って貰える筈。オリジナリティ=売れるわけでは無い。あくまでも そのバイクの性能が良くて オリジナルのGPマシンが それなりの成績を残さないと売れない。しかも安い方が早かったらレプリカというジャンルは成立しない。しかも「硬派のカワサキ」である。KR250は時代的にも既にハンデを最初から背負って発売されたのである。
KR250のエンジンは「タンデムツイン」というシングルエンジンを縦につないだような不思議なエンジンである。レーサーの方は同時爆発で振動が凄くとも構わないが 公道走行用ではマズいだろう、と開発者が考えてしまったのが間違いの元。交互爆発にしたせいでプライマリ・ギアダンパーなる前後シリンダーの同調を取る仕掛けを付加したのである。

当時の2スト乗り、レプリカ乗りは「操縦が難しい」「乗りにくいのを乗りこなす」「膝と路面が仲良くする」「ハイサイド食らって吹っ飛ぶ」のが とても好きだったのである。KRを買ったユーザーは自分が清原明彦かコーク・バリントンかアントン・マンクの「つもり」になりたかったから買ったのであるが、WGPでKR250/350レーサーが活躍してから数年が経過していた。それでも辛抱強く男臭いカワサキファンは ずっと待っていた、きっとKRが出る!と。「きっと世界では俺にしか乗りこなせないバイクだろう」「マッハ3を超えるマシンでガンマなんか目じゃないはず」と期待していた。
で 出たのだが...........当時私も興味津々で雑誌のインプレッションを熟読吟味してみた。すると「根回し」を忘れたのか「余程自信が有ったのでマスメディアを舐めた」為なのか判らないがカワサキで久しぶりに出した新車種をコキ下ろした記事が目立っていたのだった。まあ書き手もライダー故「期待外れ」の度合いが大きかったのかも知れない。
まず「見た目」が900Ninjaを意識したカウル形状でガクっと来た。まあ これは付け替えれば良い。アイドリングの「ガラガラ.......」という音は好みの問題だが どっか壊れてるんじゃないか?と心配になる。何しろ音が半端じゃなく大きいのだ。都心だったら警察が来そうであるが純正である。
他のHPで詳しいが スタンドの戻し忘れスイッチのトラブルで走行中いきなりガクっとパワーダウンする車体が多かった。これがクラッチを握ると元に戻るんで厄介だった、サービスセンターに持ち込んでも現象に再現性が無いので何が起きているのか誰にも判らなかった。
更にひどかったのは 前に書いたプライマリ・ギアダンパーである。サービスマニュアルの数値そのものが間違っていたのである。こいつは皿バネを重ねてあり そのへたり具合や出来具合で皿バネ全体の厚さを規定数値内におさめなければならないというのに カワサキ車専門店「だけ」に改訂版のマニュアルが渡され 普通のバイクショップには間違った数値のマニュアルが残されたのである。これにより エンジン不調が直らず 壊れたのだと売り払ったユーザーが相当数居るのだとユーザーグループのHPに書かれていた。

アイドリングの独特な音は有名で カウルも普通のフルカウルではなく(写真参照)アッパーとアンダーだけの変則的なものである。これが好みが別れた原因の一つであろう。実際はガンマと乗り比べると荒っぽい加速を いきなり始めるガンマに対し マイルドな印象を受けるが 実はかなり早い。ブレーキも特にリアブレーキの掛かり方は明らかにKRがコントローラブルである。踏めば踏んだだけ「効く」。ガンマは うっかり踏むとロックして驚く。エンジンそのもののピックアップはガンマの勝ち。鋭い吹け上がり 特にチャンバーが色々出ていたのも有利に働いて ガンマのタコメータは(有名な3000回転以下の目盛りが無い)ピークまで一気に駆け上がるがKRは一旦4000rpmあたりで息をつく。(KRのチャンバーは新品が高いけど入手可能=ルーニー等)
細々した部分ではカワサキ車ならでは?というかオイルやガソリンが「滲む」車体が多かった。実際私のこのKRもゴムブッシュかな?ガソリンが数滴車庫の床に垂れる(そんな事を気にしてたらカワサキ車には乗れない)それから2ストならでは、の「オイル給油口」が まず左サイドカバーをキーを使って外し 中に有るレバーを引いてシートを外すと ガソリンタンクの後ろ側に給油口が出てくる。はっきり言って面倒である。2ストでオイルを入れるのに何であちこち開けるんだ?ガンマはガスの給油口を鍵で外すと もう そこに有る。他にもアイドリング音質は好き好きだが音量が大きい、というのを良く聞く。ステアリングの切れ角はKRが据え切りで優位。ちょっとした狭い車庫で かなり便利である。サスペンションはMidの位置でもKRは かなり固い。固いのみならず「跳ねる」。但し走行中でも手さえ伸ばせれば変えられる。ガンマは多少の凹凸なら吸収して姿勢を乱さないがKRで荒れたブラインドカーブに突っ込むとアブナイ。
まあオリジナリティの塊だしカワサキ車だし こういう消え去った(KR250は売れず KR-1としてパラツインの何処にでも有る半チクなクウォーターに落ちぶれていった)ものなのだが 何故か人を引きつけるパワーを感じる。信号待ちで声を掛けてくる年齢層が見事にバラバラである。若者から60才近い人までである。ガンマの場合は若者が圧倒的に多い。走れる個体が少ないだけならMVXなんぞツチノコ並だろうに ヤンバルクイナ並のKRのほうが人気が有るのだ。愛想の無い美人より愛嬌の有るブスのほうが可愛いんだ、と友人が表現したが そいつの言う「美人」はNSR400である。